Entertainment
 

カガリ=ユラ=アスハ暗殺計画 後編

出典: 機動戦士ガンダムSEED Revival

(Phase-01-12 から転送)

オーブ中が式典に沸くころ、遥か遠くにスタジアムを望む高層ビルの一室に仏頂面の男が入ってきた。肩には大きめのバッグを背負っている。ここは以前は空部屋だったのだが、二ヶ月ほど前から事務所として借りられている。

しかし不思議なことに部屋には机一つなく、使われた形跡が全く無かった。だが男はそれが当然のように全く関心を示さない。バッグを下ろすと中にあった数々の部品を組み立て始める。手馴れた手つきだ。作業は十分足らずで完了し、彼は窓際に自身を配置。窓を開ける。

高層ビルであるにも関わらず、窓が開けられる。何故ならこの日のためにそういう風に仕掛けたからだ。男は懐から通信機取り出し語りかける。


「こちら『雀"1"』、配置に着いた。あとは『駒鳥』を待つだけだ。オーバー」

《こちら『牡牛』、了解。オーバー》


短い通話はそれっきりで切れた。






この日、カガリは忙しかった。

まず主席公邸で式典に参列する各国元首の表敬訪問を受ける。そして次にドレスからパイロットスーツに着替え、旭に乗り込み、自らパレードに参加してスタジアムへと向かう。さらに礼服に着替えた後、スタジアムで式典に参加。 大戦の犠牲者を追悼し、統一連合の成果を高らかに謳いあげる演説を行う。その後は戦没者慰霊公園に向かい、遺族達を弔問。

夜はドレスに着替え、迎賓館でパーティー。招待した各国元首や貴賓客をもてなす……。

分刻み、秒刻みのタイトなスケジュールだ。


「まったく、着せ替え人形にでもなった気分だな」


スタジアム到着後、一角に用意された控え室で、カガリは大きく伸びをする。ついさっき式典での演説に備え、礼服に着替えたところなのだ。湯気の立つ紅茶のカップを差し出しながら、アスランが聞く。


「やはり子供の頃はそういうので遊んでいたのか?」

「うーん、どちらかというと、外で駆け回ってた方が多かったかな」


紅茶にやや多目の砂糖とミルクを加えながら、カガリは答える。甘めのミルクティーを1口。疲れた体には心地良かった。


「ラクスにも手伝ってもらえばよかったなあ」

「カガリの演説のあと、一曲歌うんだろう?この紅茶だって差し入れだって届けてくれたし」


テーブルに置いてある紅茶の葉が入った小さな缶を手にとって見る。ダージリンの特上品で、今ではほとんど手に入らない至高の一品だ。ラクスの気遣いというものが良く分かる。


「解ってるよ。……でも不公平だ」

「ぼやくなよ。統一連合の主席なんだから、仕方ないさ」

「む゛ー」


ラクスは統一連合の特別顧問、キラは統一連合最強と謳われる精鋭部隊『ピースガーディアン』の隊長を務めている。二人とも式典には参加していたが、今回はゲストなので仕事の量はカガリの方が圧倒的に上だった。役職の責任に比例して、仕事量が増えるのは判るが何かずるいぞ、とカガリは思ってしまう。そんなむくれるカガリの様子に、アスランは思わず苦笑してしまう。

その時、従者がドアをノックする。来客だという。


「誰だ?余程の事が無い限り誰も近づけるな、と言っておいたはずだが」


不審そうに眉をひそめるカガリを置いて、アスランが応対する。


「フラガ大将が御家族と一緒に挨拶に見えたらしい。どうする?疲れているならまたの機会に、と言っているが」

「ば、ばか!早く通せ!」


待つ事しばし、30代半ばの長身の軍人と、同年輩の軍服を着た女性が姿を現した。女性の胸では、ふくよかな赤ん坊がぱちりとした目で辺りを見回している。統一連合宇宙軍総司令ムウ=ラ=フラガ大将と妻のマリュー=フラガ予備役准将、そして2人の間に生まれた愛娘のアンリだ。無数の傷痕が残る端整な顔に陽性の笑みを浮かべ、ムウは敬礼する。


「お久しぶりです、主席閣下」

「そういう物言いは止してくれ。ここには私達しかいないんだから」


カガリにとってムウとマリューの2人は部下である以前に第一次汎地球圏大戦以来、共に戦ってきた大切な『仲間』だった。差し出されたカガリの右手をムウは苦笑しながらも力強く握り返す。マリューもいつもの柔らかな笑みでそれに倣った。来客用のソファーに腰を下ろしたムウとマリューにアスランは新しく淹れた紅茶を差し出す。


「上手く淹れられたか判りませんけど、どうぞ」

「近衛総監直々の御点前とは、いたみいるわね」


珍しく軽口で返しながら、マリューは紅茶を受け取った。普段ムウは月の新プトレマイオス基地におかれた宇宙軍総司令部が任地であり、マリューとアンリはオーブに残されている。今日は式典出席のため久々の帰国だ。何気ない雑談を交わしながらも、久しぶりに愛しい夫に会えた喜びが言葉の節々から滲み出ていた。


「キラ達は?」

「キラとラクスはピースガーディアンへの閲兵を済ましてこちらに来ます。予定時間より少し遅れていますが、もうすぐ着くでしょう。」

「そうか。同じ仲間って言っても正規軍とピースガーディアンの間には色々しがらみがあるからなぁ」


ムウとアスランの会話を聞きながら、カガリは冷めかけた紅茶に口をつける。カガリの目がアンリに止まるとその頬が嬉しそうに緩んだ。


「アンリも、少し見ない間にずい分と大きくなったなあ」

「ああ、親の俺もびっくりさ」


アンリのすべすべした頬をつつきながら、フラガは答えた。その指をアンリは丸まっちい両手でしっかりと握り締める。まるでもう二度とどこにも行かさないと宣言するように。


「アンリも、お父さんに会えて嬉しいのね」


優しく娘の頭を撫で摩るマリュー、そして愛する妻子を見守るムウ。ありふれた、だが何よりも尊い家族の肖像にカガリは胸をつかれた。アスランの方へと泳ぎかけた視線を、慌てて戻す。

もう遥か昔に思えるあの頃、カガリは自分とアスランの人生が不可分のものだと信じていた。言葉にはしなかったが、アスランもまた同じ想いを抱いていると思っていた。


「カガリ、少し早いがそろそろ準備をしよう」


カガリの想いを知ってか知らずか、アスランが時計を確認しながら言った。


「おっと、じゃあ俺達は先に会場に行っとくから」

「じゃあ、また後でね、カガリさん」


立ち去るムウとマリューを見送りながら、カガリは小さく頭を振った。もう、全ては終わった事だ。道は既に別たれている。 たとえアスランが常に自分の傍らにあり続けているとしても、2人の軌跡が交わる事は、もはや決して無いのだから。


「カガリ……?」

「何でも無い。私達も行こうか、ザラ総監」


主席代表の顔と声で、カガリは答えた。






《――会場より、情報管理省報道局のミリアリア=ハウがお送りします》


つけっぱなしのラジオから流れる若い女性報道官の声に、シンは顔を上げた。ゆっくりと立ち上がり、首をめぐらす。目に映るのは日の光も照明も無い、暗く薄汚れた階段の踊り場だった。腕時計に内蔵された通信デバイスからレイの声が流れる。


《そろそろ時間だ》

「ああ」


シンは大小2つのケースを持って階段を登る。登り切った突き当たりの鉄扉を力を込めて押すと、軋んだ音を立てながら錆びついた扉がゆっくりと開く。


《――ただいま、会場に汎ムスリム会議のザーナ代表とアメノミハシラのサハク代表、そして南アフリカ統一機構のナーリカ代表が到着しました》


扉の向こうに広がっていたのは、狭くコンクリートが剥き出しの床面と、雲1つ無い空だった。ここは、オロファト市東部の再開発地域にある小さな廃ビルの屋上。地上の喧騒もここまでは届かず、沈黙に閉ざされた中にラジオの音声だけが白々しく響いていた。


《――ご覧下さい。世界中の国と地域の指導者が、互いの手を取って平和と融和を誓い合っています。あの悲惨な大戦から4年半、人類は、世界はここまでたどり着きました》


感極まった報道官の声を無視し、シンは鋭い視線を地上の一角に向ける。狭隘なビルとビルの隙間から、平和祈念スタジアムが小さく覗いていた。


「こちら『雀”3”』。"牡牛"。オーバー」

《こちら『牡牛』。どうぞ》

「俺だ。予約していた特等席についた。いい眺めだ。舞台が一望できる」


腕時計の通信機を操作し、指定のチャンネルに合わせると、シンは低い声で囁きかける。ややあって、通信機から若い娘の声で返事があった。言わずと知れたコニールだ。


《了解。他のみんなはもうとっくに席に座ってるよ。『雀”1”、"2"』もね。弁当もちゃんと配り終わった。あんたもしっかりね》


「ああ、わかってるさ」


全チームが配置完了、別ルートで持ち込んだ武器も支給済み、作戦内容に変更無し。符丁を頭の中で変換すると、シンは通信を打ち切った。傍らのチェロケースを手にし、ロックを解除。

中身――長大な狙撃用ライフルを取り出す。


「ここにするか」


伏射姿勢を取るのに適当な位置を選び、腰を下ろす。銃身固定用の二脚架を展開し、ライフルを抱えたままうつ伏せになった。銃床を肩に当て両腕でライフルを構えると、都市迷彩が施されたシートを頭から被る。 二脚架で銃身を支えているため、重量の割に荷重は少ない。シンの鍛え上げられた背中と首の筋肉は、易々とライフルの重量を受け止めた。

片手でもう1つのケース、中型の携帯用コンピュータを手繰り寄せる。ケーブルを引き出し、ライフルの上部にマウントされた電子スコープに接続する。

念のため空を見上げ、シンは太陽の位置を再確認。陽光が差し込み、レンズの反射光で位置を知られる心配は無い。スコープのキャップを外し、覗き込む。各種の照準情報と共に標的――遥か2,500メートル先のスタジアムの演壇に立つカガリの姿が、網膜に直接投影される。

これだけの長距離狙撃になると、風や湿度による僅かな弾道の捻じれが、無視できない大きな影響を与える。それに対処するため、シン達は前もってビルとスタジアムを結ぶ直線上に、複数の偽装センサーを設置していた。もたらされた様々なデータは観測手――本来とは意味が異なるが便宜上そう呼ぶ――のレイによって解析され、その結果がスコープに表示される。

現在、快晴で湿度は約15パーセント、風は東南東の微風。狙撃には絶好の状況だ。


《――未だ争いは現実として世界に存在し続けている。「九十日革命」はまだ皆の記憶にも新しい事だろう》


ラジオから流れる声は、いつのまにかカガリの演説になっていた。


《――しかし、たとえ何度も芽が摘まれ、踏みにじられようとも、私達は種をまき続けよう。いつか、平和という大輪の花が咲き誇るその日まで》


「さすが、奇麗事はアスハの御家芸だな」


苦々しく呟くと、シンは弾倉をライフルに差し込んだ。レバーを引き、薬室に初弾を装填する。

スコープの向こうに見えるカガリの脳天に照準。だが、まだ指は引き金にかけない。演壇の周囲は、防弾仕様の強化プラスチックのケースによって守られている。この時点で発砲しても射殺は不可能だ。

今は、まだ。


《時間だな。状況開始だ》


レイの静かな声が、ひどくはっきりと聞こえた。






「ありがとうございましたー」


コーヒー1杯で一時間近く粘っていた常連客を笑顔で見送ると、ソラは小さく息をついた。急にがらんとした店内を見回し、エプロンに包まれた細く華奢な肩をとんとん叩く。ここは、オロファト市の南部にある喫茶店『ロンデニウム』。半年ほど前から、ソラはこの店でアルバイトをしていた。


「ソラちゃん、ご苦労さま」


カウンターの向こうから、マスターが人懐っこい笑顔を向ける。柔和な人物で皆に慕われており、馴染みの常連客やソラたちからは『マスター』と呼び親しまれている。実は従業員も本名を知らないのだが、誰も気にしないのは彼の人柄だろうか。


「店が空いているうちに少し休むといい。何か食べるかい?」

「あ、じゃあカルボナーラを」


そう答えると、ソラはカウンター席に腰を下ろした。少しぼんやりとした目で、窓の外を眺める。オロファトの街並みには、つい先程まで続いていた軍事パレードの熱気がまだ冷えずに残っていた。


「お待たせ」


しばらく待つと、店の奥の厨房からマスターが出てきた。手にしていたトレーをソラの前に置く。トレーの上には、湯気を立てるパスタとサラダの皿、アイスコーヒーのグラスが載せられている。


「今日のコーヒーは僕のおごり。せっかくの祭りの日にわざわざ出てもらったお礼だよ」

「わあ、ありがとうございますマスター。いただきま~す」


ソラは手を合わせて歓声を上げる。フォークを取り、スパゲティの麺を巻き取り白いソースをたっぷりとからめて口に運ぶ。バターと卵と生クリームの濃厚な味と、ベーコンの程良い塩辛さが口中に広がる。


「美味しいっ」


お腹が空いてたため、つい麺をすする大きな音を立ててしまった。


「ソラちゃん。そんなに慌なくても料理は逃げやしないよ」


マスターが苦笑いしながら言う。


「す、すみません。お腹減ってたんで、つい」

「ははは。だったらお替り用意しようか」

「もう、マスターったら」


ソラは思わず赤面する。

いたずらっぽく笑いながらマスターは、口に愛用のパイプをくわえた。


「そういえば、今朝は大変だったみたいだね」

「そうなんですよー。信じられますマスター?大の大人がよってたかってお年寄りに暴力を振るうなんて、ホント酷すぎますよ!」

「そいつは酷いなあ」


あの騒動の後、警官がまだ混乱しているうちにソラは老人を連れて逃げ出した。普段の自分から全く考えられなかったが、頭で考えるより体が動いてしまったのだろう。ふとソラは、記念式典の中継を流しっ放しにしているTVに目を留める。統一連合主席、カガリ=ユラ=アスハが威風堂々と演説をしていた。


《世界の恒久の平和のため、人類の永遠の未来のため、どうか皆の力を貸して欲しい……》

「……あんな事、ラクスさまもカガリさまも喜ばれるはずないのに」

「ソラちゃんみたいに優しい娘もいれば、平然と酷いことをする人もいる。世の中には色々な人がいるんだよ。残念ながらラクス様やカガリ様の様な御方はそうそういないからね」

「そういうものなんですか?……なんか悲しいです」


小さく溜め息をついたその時、ズンという鈍い音と共に辺りがぐらりと揺れた。


「地震!?」


国土が火山島であるオーブは、当然ながら地震も多い。思わず悲鳴を上げたソラだが、揺れはその一度きりでおさまった。マスターはコップやグラスを手で押さえている。


「大丈夫かい、ソラちゃん――」


胸を撫で下ろすソラに話しかけたところで、マスターは硬直した。


「あ、あれは……」


窓の外へと釘付けになった視線をソラもたどり、そして気づいた。オロファト市南の高層ビル街。そのうちのビルの1つが、炎と黒煙を噴き上げているのを。


「火事……事故――?」


呆然と呟くソラの胸に、不安が黒雲の様に湧き上がっていった。






カガリの演説が後半に差し掛かった時、アスラン=ザラのポケットから呼び出し音が鳴り響いた。こんな時に、といぶかしみながらも通信機に手を伸ばす。


「私だ」


呼び出しに答え、部下の報告に耳を傾けるアスランの顔にさっと緊張の色がよぎる。周囲に気取られないように、小声で答える。


「爆破テロだと!?」

《はっ、郊外の軍施設と市街地外れの政府機関が数箇所爆破されました》

「式典警護のため、市の中心部に兵力を集中させていたのを逆手に取られたか。式典自体ではなく、手薄になった施設を狙うとはな」

《申し訳ありません。テロリスト達に裏をかかれたようです》


舌打ちするアスラン。


《幸い、民間人にはほとんど被害が出ておりませんが》

「分かった。以後はオノゴロの軍司令本部の指揮下に入れ。私も急いで現地に向かう」


そう答えると、アスランは通信を打ち切った。


「何かあったのか?」


隣に座っていたムウが振り向く。表情も声色も緩んでいたが、目だけは鋭かった。前列のバルトフェルドも同種の視線を向けてくる。

<エンデュミオンの鷹>と<砂漠の虎>――かつて旧連合軍とザフトで屈指のエースパイロットと呼ばれた2人なだけに、鉄火場への嗅覚が並みではない。


「実は――」


後事を任せるため状況を説明しようとした正にその時、スタジアムを閃光と轟音が襲った。






あの爆発がセレモニー用の花火で、殺傷能力は皆無だと知れば、連中はどういう顔をするだろうか。2,500メートル先からスコープ越しにパニックに陥った式典会場を覗き込んでいたシンは、意地悪く考えていた。

あれは統一連合主席を穴から燻り出す煙なのだ。

本来、オセアニア解放軍が立てた原案では、武装した決死隊を会場に潜入させる予定だったらしい。しかし警備の厳しさからそれは不可能と判断され、代わりに狙撃での暗殺となった。さらにその狙撃も一弾が外した場合のフォローを考え、三方向から狙う。スタジアム内で花火を焚き、防弾装備の演説台から主席を引きずり出す。そして――

マザーグースの童話『Who killed cockrobin?』になぞらえて、弓を持った三羽の雀が駒鳥「カガリ=ユラ=アスハ」を射抜くのだ。

シン達の狙い通り 会場が混乱する中、逃げ惑う市民達を尻目に各国要人や政府首脳といったVⅠPがSPに守られながら会場から脱出しようとしている。

カガリも例外ではない。演壇を下りアスラン達と合流しようとしている。激しく動揺した表情がスコープ越しからでも見て取れた。


「煙で燻せば狐は巣穴から飛び出してくる、か」


口元を、笑みというにはあまりにも禍々しい歪な形に吊り上げる。


《風力、風向き共に変化無し。いけるな?》


レイの問いに頷き、シンはライフルの引き金に指をそえる。

いいだろう。貴様らが目を背け続けるのならば、襟首をつかんで引きずり回してでも見せ付けてやろう。かつて踏みにじられた者の無念を、いま切り捨てられている者の怒りを――。


「思い知れ」


低く呟くと、シンはトリガーへとかけた指に力をこめた。






不意にアスランの背筋を、ぞくりと悪寒が走った。周囲、少なくともコロシアムの中にテロリストとおぼしき姿は無い。 だが、幾多の戦場で培われたモノが警鐘を鳴らす。


――殺気――

自分は知っている。

戦場で幾度も向けられた、あの殺気

初めてのものではない。忘れていたものでもない。

背筋に馴染む、この殺気は……!


それが戦士としての勘なのか、それとも無意識下で現状と経験を照らし合わせて判断した結果なのか。自分自身でも理解できないまま、アスランは咄嗟にカガリを突き飛ばした。その瞬間、アスランを凄まじい衝撃が襲う。超音速で飛来した何かがアスランの側頭部を掠め、一瞬前までカガリの頭部が存在していた空間を貫いたのだ。


「アスラン!?」

「頭を上げるな!!」


こめかみの辺りから生暖かいものが流れるのが判る。飛びそうになる意識を必死で繋ぎとめ、アスランは倒れたカガリの上に覆いかぶさった。


「なっ!?」


倒されたカガリは状況が理解ができずに呆然としていたが、すぐに“理解させられる”。次の瞬間、さらに彼女がいた空間、すぐ傍らに弾痕が数発、たてづづけに穿たれたのだ。


「主席!総監!ご無事ですか!?」


怯えるカガリを抱きかかえたまま、アスランは集まったSPに怒鳴る。


「狙撃だ!主席を守れ!」


SPは即座に状況を把握すると一分の隙間もなく、2人を取り囲んだ。アスランは身を伏せながら彼女を安全な所へと避難させる。





「アスラン=ザラ!!」


スコープに映された狙撃の結果に、怒りと失意の叫びを上げるシン。信じられなかった。この距離からの銃撃に、対応できる人間がいた事が。どうやら他の連中もしくじったらしい。

素早くライフルのボルトを操作する。薬莢排出、次弾装填。

だがその数秒の間に、SP達がカガリの周囲で横並びの隊列を組む。カガリへの射線を塞いでいるSPを狙い、発砲。打ち抜かれた頭から血と脳漿をぶちまけながら崩れ落ちるSP。だが生じた穴は、あっという間に別のSPによって埋められた。


「アスハの狗が!!」


叫ぶシンに、レイが冷静な言葉をかける。


《失敗だな。撤退するぞ》

「何を言ってるんだ、レイ!?」

《元々、博打の要素が高い奇襲だ。こうも態勢を固められては、付け入る隙が無い》

「馬鹿な!?」


指を、式典会場に突きつけて押し殺した声を上げる。


「あそこに――すぐ手の届くあそこに連中がいるんだぞ!!それを見逃せというのか、お前は!?」

《直にこの位置も特定される。軍なり治安警察なりの特殊部隊がやってくるぞ。無駄死にをするつもりか?》

「…………」


淡々と指摘するレイに、数秒の逡巡の後、シンは頷く。


「……その通りだ、レイ。お前が正しい。撤退しよう」


内心でいかなる葛藤があったとしても、その声は冷静さを取り戻していた。


《式典自体の妨害には成功した。俺達の一方的な敗北ではない。それより、β班の撤収が遅れているらしい。援護に向かうぞ》

「了解」


素早く立ち上がるシン。最後に一度だけ振り返り、怒りと憎悪に燃える目でスタジアムを睨みつけると足早にその場を立ち去った。






銃撃は数度あった後、唐突に止んだ。


(諦めてくれたのか?)


ずきずきと痛むこめかみを押さえながら、アスランはゆっくり立ち上がった。気を失っていたのはほんの一瞬だったようだ。傍らにいた兵士の1人が、首から高倍率の電子双眼鏡をかけているのにアスランは気付く。説明するのももどかしく何も言わずにひったくると、最初の銃弾が飛来して来たと予想される方向を覗き込む。


(銃弾の方向と角度は――。まさか、再開発地域から撃ってきたのか?)


内心で呻くアスランの目がぴたりと止まる。いかなる偶然か。小さな廃ビルの屋上にライフルを持った人影、その後ろ姿を発見したのだ。

倍率を最大に上げる。

黒髪に黒尽くめの服装をした、まだ若い男。黒一色のその姿は、まるで死を告げる大鴉のごとき不吉さがあった。不意に男が振り返る。燃え上がるような真紅の瞳が正面からアスランを貫いた。


「な――!?」


驚きのあまり、双眼鏡を取り落としかける。慌てて覗き込んだときにはすでに男の姿は無かった。


「だ、大丈夫かアスラン!?傷はどうなってる!?」


心配のあまり狼狽するカガリの声も届かない。アスランは意識が遠くに引きずられていく感覚を覚えていた。過去という遠くの世界へと。


「お前、なのか――シン」