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孤独な戦い

出典: 機動戦士ガンダムSEED Revival

(Phase-11-20 から転送)

その日は、朝から良く晴れていた。


昨日までの吹雪が嘘の様に、青く透き通る様な空。何処までも、きっとオーブまでも続いている空。雲一つ無い、久しぶりの蒼穹の空。陽光が大地に等しく降り注ぎ、白く染まった世界を照らし出していく。そんな世界の中でも鳥達は元気に動き回り、今日の餌を求めて世界を旅する。そんな光景は、今日のコーカサスでは何処でも見れるものだろう。ここリヴァイブのアジトでも。


ソラはそうした光景を窓から眺めながら、今日の朝食の後片づけをしていた。先程までの雑多とした喧噪が嘘の様に静まりかえる食堂。ソラの鼻歌だけが木霊している。ここには使い慣れた調理器具や、あちこちに貼られたソラの手書きのレシピ。その中には定番メニューになったものも数多くある。


……ここは、ソラにとって間違い無く“我が家”であったのだ、と思える。


(不思議な感じ……私は“人質”だったのにね?)


その自分が、いつの間にか“犯人達”の心配をする様になって――その人達と浮かれ騒いで。ソラ自身、不思議だと思う事ばかりだった。


(辛い事も多かった。でも……)


シン、コニール、センセイ、シゲト、ユウナ、サイ……リヴァイブの人達。 その人達の事が、脳裏に浮かぶ。その人達への思いは、もはや恨みでは無い――まるで、幼い頃の孤児院で過ごした人達と同じような――。


暖かな思い――忘れられない思い出。


ソラは洗い物を一段落させると外に出た。もう一度“世界”を見渡しておきたくなったからだ。リヴァイブとして過ごした“世界”を。あのパーティの最後に、リーダーが半ば酔いつぶれながら言った言葉が今も忘れられない。


<もうじき、ソラ君の迎えが来る。――それはとても寂しい事だけれど、ソラ君のために僕等がしてあげられる最良の事だと思う。僕等が平和な世界を望む様に、ソラ君を平和な世界に帰してあげたい。それは、僕等の総意だ!>


そう、高らかにユウナは宣言した。その時、ソラははっきりと理解した。


(私、帰るんだ……オーブに。帰れるんだ……)


それは嬉しい事の筈なのに。実際、嬉しい気持ちはあるのに。……それなのに、どこかに寂寥感があった。それはまるで友達と一緒に遊んでいた、楽しい時間が終わったかの様に――漠然とした、静かに乱れる想いをソラは止められないで居た。



――突然クラクションが鳴らされる。その音に驚いたソラは慌てて振り向いた。


「よう、ソラ! 脅かしちまったか!?」


外に出た途端、朝から元気な少尉の声が上から飛んでくる。モビルスーツ運搬用トレーラーの運転席で少尉が得意げに笑っていた。


「もう、少尉さん。びっくりするじゃないですか」


「ハハハ、悪い悪い」


そう言うと少尉はひらりとトラックから飛び降りる。にやけてはいるが、普段よりは真面目な顔つきだ。


「多分、これで最後だからな」


「あ……」


ソラの顔が曇る。少尉は無理して笑っている様だった。そうなのだ――少尉、中尉、大尉の三人はそれぞれトレーラーに自分のモビルスーツを積んで街に向かうのだ。この冬の間に、しっかりとモビルスーツの整備をやっておきたい――分解整備まで出来る設備と人員の揃った工場で。政府軍が動かないという確かな情報があるからこそ出来る事であり、そうでなければいつまでも騙し騙し動かさなければならない。要するに「今しかない」のである。


しかし、おそらく大尉達はこの冬一杯は帰って来れないだろう――ソラの帰還する日には。だからこれは、少尉達と最後に話せる機会――最後の挨拶なのだ。


「色々、巻き込んで済まなかったな」


小さく、頭を下げる少尉。


「しょ、少尉さん……」


どうして良いか解らず、ソラ。構わず少尉は続ける。


「アンタぐらいの年齢の頃、俺はまだ世間で遊んでたよ。親の脛ってヤツでね。……戦争なんか、その時には考えもしなかった。今じゃ、爪先まで戦争屋だがね」


「少尉さん……」


「……女の子は――子供は、戦争なんかするもんじゃねぇ。誰だって、夢とか希望とか、夢見る期間は必要なんだ」


「…………」


照れながらも――真摯に言う少尉。そんな少尉に、ソラはただ見入るだけだ。


「だから、えーっと、つまりだな……」


とはいえ、そんなソラの視線にだんだんと少尉が居たたまれなくなってきて――。


「何やってんだお前は」


殴られた。……大尉だ。


「最後の挨拶ぐらいしっかりと締めやがれ、ったく……。悪いなソラちゃん、ウチの連中は口下手揃いでな」


「全く、後ろで聞いていて冷や冷やするんですよ。何を言い出すか解らないんですから」


ついで中尉も顔を出す。……いつものトリオだ。


「邪魔せんで下さいよ大尉。ちゃんと俺は……」


「女の子に初めて告白するガキじゃあるまいに……お前がオロオロしてどうする」


「悪いね、ソラ君。どうにも締まらなくて」


この、あまりにも“いつもの三人”に、ソラも微笑まざるを得ない。そんなソラに、大尉もおどけて笑って見せた。


「……そうさ、そうやって笑っていてくれ。俺達みたいなのが一番嬉しいのは、笑顔で居てくれる事なんだからな」


――結局、「またな」とも、「さよなら」とも別れの挨拶はせず、いつも出かける時と同じ様に言葉を交わし三人は出て行った。お互い最後だというのは解ってたがそれで十分だった――。






「ソラ、帰らないでくれないかな……」


ダストを整備している最中、シゲトが呟いた。直ぐ近くで作業をしていたサイが、呆れた様にシゲトに言う。


「今更何言ってるんだ。もう決まった事だろう?」


「でもさ、サイ兄。ソラここで楽しそうにしてたじゃんか。俺、ソラの飯好きだし……。ソラって、守ってやりたくなるんだよ……」


それは、素朴な感情だった。シンプルで、子供らしくて、微笑ましい――。


「シゲト、お前……」


サイとて、シゲトの気持ちに気が付かなかった訳ではない。だが、「ここまで言う程」だったとは思って居なかった。サイにとって、シゲトは大事な弟分だ。叶う事ならば、応援してやりたい。だが――


「――シゲト、諦めろ。ソラと俺達は、所詮違う世界の人間だ……」


キッパリと言い切るサイ。それは、シゲトを思う故の事だ。しかし、シゲトもそれで納得できる訳が無い。


「どうしてさ!ソラは俺達と同じ人間だろ!?政府の奴らみたいに俺達の事をゴミみたいに扱わない“人間”じゃないか!」


――サイは、痛ましいと感じた。シゲトの様な真っ直ぐな少年でさえ、このような考え方をしないと自我も育てられないという事に。


(……だからなんだよ、シゲト)


こんな世界は間違いなのだ――そうサイは思う。だからこそ、戦う。……しかし、その為にソラの様な子を犠牲にしたくはないのだ。それは、シゲトの様な子供の事を思えば、特別扱いだとも思う。そうだとしても――


(――偽善でも良い。一人でも良いから助けたいんだ――)


それは偽善に違いない。特別扱いに、間違い無い。……だが、一人を救うのと全てを救うのは全く別の話だ。だからこそ、目の前の一人だけはと思ってしまうのだ。だがシゲトの思いも解る。サイにとっては同じかそれ以上に大切な人間だから。


いつしかシゲトは泣いていた。サイは、黙ってシゲトを抱き寄せ――シゲトは暴れたが、サイは構わず――シゲトが泣き止むまで、ずっとそうしていた。






《……良いのか? シン》


「何がだよ、レイ」


ソラから返して貰った腕時計――新しい物はソラ用になった――と、一人部屋で語り合うシン。


《ソラが帰ると聞いてから、浮かない顔なのでな》


「……やっと厄介払いが出来るんだ。嬉しくない訳が無いさ」


ごろりと、ベッドに寝転がるシン。


《その様には見えんがな》


そのレイの台詞は、胸に刺さる物だ。だが、シンは堪えていない振りをする。


「アイツを守るのは、俺の“誓い”だった。それは果たす事ができた。……それ以外に何がある」


《…………》


シンは、迷っていた。……かつて、ステラをネオ=ロアノークなる人物に託した時の様に。


(――本当に、これで“守れた”のか? 俺は、“守り切れた”のか?)


己の目の届かない所に行かせる――それは“守る”という事柄とは対極の事だ。かつて、シンはステラを守るために動き、そしてそれは全て裏目に出る結果となった。いつしか、シンの中にはある種の刷り込みの様なものが出来上がっていた――即ち、


(俺が守ろうとして動けば動く程、良い結果にはならないんじゃないのか……?)


シンがどれ程頑張ろうと、シンが思いを巡らせる程、結果は最悪の物となってきた。


――マユのためと思い、携帯電話を取りに崖下へ向かい、その結果家族の足を止める事となった。


――ステラを生かすため、軍規も破ってステラを返還し、その結果ステラはデストロイで大罪を犯し、“正義の味方”に滅ぼされた。


――戦争を終わらせるため、共に戦ったルナマリア。そんな彼女を守る事も出来なかった。


それは、シンという人間の紛れもないトラウマであり、避けようの無い過去だった。シンは、怯えていた。この結末がまたも最悪の結果になるのでは無いかと。


――優しく微笑むソラの笑顔が、またも己の罪業に巻き込まれていく。その様が、堪らなく嫌だったのだ。


(教えてくれ……俺は、俺は一体どうしたら良い!?)


シンの強さは常に『誰かを守るため』に発揮されてきた。その事を自分自身で理解出来なかったのが、シンという人間の最大の不幸だった。


そんなシンの顔を、ドアの隙間からこっそりと覗いていたコニールは複雑な心境だった。


(慰めてあげようと思ってたけど)


どうしたら良いのだろう――コニールは思う。


シンという人間の背負った虚無は、シンという人間の強さと同じ位巨大だ。――並の人間では決して背負えない程の虚無。それが、シンという人間の強さと直結している。


(……アイツ、少しはアタシを頼ってよ。そうしたら)


――どうしよう。そう思ってもコニール自身どうしようもない事も解っている。このドアを開けて、シンを慰めてあげたい。けれど……。


(無理だよ、アイツは……私の事なんか、眼中に無いんだから……)


コニールは、ドアの前でしゃがみ込んだ。どうしても“一歩”が踏み込めない、そのもどかしさに震えながら。






夕闇の帳が降りる。白銀の世界が紅く染まり――そして世界は漆黒となる。その中で小さな火が燃え上がる。高級品のジッポーライター、ドーベルマン愛用の一品だ。ドーベルマンは葉巻の先端を咬みちぎると、それに火を灯す。ほどなくチン、という金属音がして周囲は再び闇に閉ざされ光はドーベルマンが銜えた葉巻の先端だけになる。……その明かりに照らし出されながらドーベルマンは、およそ二百メートル程先の距離にある人里を見下ろせる位置に居た。


「――このナスル村が、リヴァイヴの支持基盤の一つだ」


ふう、と溜息の様に煙を吐き出す。もう何十年も同じ銘柄――しかし、飽きた事は無い。もはや体の一部、そう云える位吸い続けた銘柄だ。そんな葉巻の灯りに惹かれる様に、暗がりから三人の男女がやって来る。ヒルダ、マーズ、ヘルベルト――ドムクルセイダーの三騎士だ。


「支持基盤、っていう割には……思い切りその辺の農村って感じだね」


率直にヒルダ。なるほど、眼下に広がる農村は“農村”以外の何者でも無い。牧歌的、とは言われても近代的、とはどんな感性の持ち主でも持ち得ないだろう。


「いやいや解らんぜ、きっとこの地下には秘密基地が……」


「あるわけ無ぇだろ。……しかし武器弾薬なら或いは」


混ぜっ返すようにマーズとヘルベルト。しかし、一組と一筋の鋭すぎる眼光の前に黙る。


「単なる農村さ、ここは。……逆に言えばこんな連中にも見放される程、東ユーラシア政府から人心は離れている、という事だ」


リヴァイブの前身となった“コーカサスの夜明け”は元々自警団的な組織であり、一時期はコーカサス地方の自治軍を兼ねていた。そうした土壌が出来るという事は、コーカサス地方は元々“独立独歩”のお国柄だったという事である。


それは地方に行けば行く程顕著になり、こうした単なる“農村”が自衛の為にリヴァイヴの様な組織を利用する――それはヤクザに警察業務を依頼する様なもので本来ならば考えられない。だが、そうしなければならない土壌を創り上げてしまったのは、紛れもなく時代であり東ユーラシア政府なのだ。


「フン、こんな農村でも国家的組織って訳かい。つくづく東ユーラシア政府っていうのは行き先不安だね。……で、どうするんだい?」


ヒルダはドーベルマンを見据える。その視線はそのような講釈を賜る為にこの様な場所にいるわけではない――そう語っていた。その視線に一瞬ドーベルマンは苦笑いを見せると葉巻を放り捨て決然と言う。


「この村を、襲う」


それは非情の策。リヴァイブを誘き出すためだけの、非道の策。だが、ドーベルマンの顔に悲壮感は無かった。高揚感も、ましてや使命感も。アデルがアリーの街を包囲した時とは訳が違う――あれは結果的に街に被害が出たが、本来は誘き出したテロリストグループを少しずつ排除していくという、能動的ではありながらも受動的な策であった。


今のドーベルマンと、アデルには大きな違いがある――戦力差という決定的な違いが。包囲に回せるだけの余力は無い――ならば、同じような効果を得る為に支払う代価は“虐殺”という一言に集約される。


「リヴァイブの支持基盤たる村落は、この近隣の四箇所。……まずはここを殲滅する。次の日は次の場所を――そうしていれば、リヴァイブの連中は巣穴から飛び出さざるを得んだろう。――この作業は俺一人でやる。お前達には、巣穴から飛び出して来た連中を撃破して貰いたい」


ドーベルマンはヒルダ達を見据え、言う。その眼には一片の迷いも見られない。

既に、覚悟は出来ている……そういう眼だ。


この策には、幾つかのメリットが存在する。


一つ目は「次に襲われる村落が何処になるか解らない」という事。このため、リヴァイヴ側は只でさえ少ない兵力を更に裂かなければならない。


二つ目は「少ない兵力を、相手側に悟られない」という事。夜陰に乗じての奇襲であれば、特にその効果は高まる。


ドーベルマンの策は、言ってみれば「ゲリラに対してゲリラ戦術を行う」という事だ。曲がりなりにも正規軍であるドーベルマン達が護るべき市民に対しゲリラ戦術を行う。それは外道の行為に他ならない。それを敢えて行おうとする所に、ドーベルマンの真意がある。


(“勝つ”為には何でもしてみせる、という事か)


ヒルダは、改めてドーベルマンを見据える。

それは、追いつめられたから――だけでは無い。

どうしても勝ちたいから――だけでも無い。


なりふり構わず戦う――それはどのような意志の元、行われるのか。敢えて言うのなら、それは“自棄”では無い。“尊厳”でも無い。“意地”――なのだろうか。それだけなのだろうか。それはもう、余人には推し量れないものなのかも知れない。


「行ってくる。……後は頼んだ」


ドーベルマンはゆらりと、ゼクゥ=ツヴァイに向かって歩いていく。


「ああ、ハンティングはこっちに任せな。……行くよ、アンタ達!」


出来る限り明るく答えるヒルダ。ドーベルマンがこれからやる事は、褒められた事では無い。それどころか、同胞に抹殺されてもおかしくない類の行為だ。


だが――


(アタシに出来る事は、一つ。……リヴァイブとかいう連中を叩き潰す!)


ヒルダはマーズとヘルベルトを伴い、自分達の機体へ向かう。動き出したゼクゥ=ツヴァイがナスル村へ向かうのを横目で見ながら。……悲鳴や、怒号は聞きたくなかった。その気持ちがヒルダを早足にさせていた。






朝から、リヴァイブは騒然とした空気に包まれていた。血塗れの兵士が急を告げに来たのだ。


「……昨日、ナスルが謎のモビルアーマーに襲われた!村は壊滅状態だ!」


その兵士自身も傷だらけだった。包帯のあちこちに血が滲み、おそらくは足の骨は折れているだろう――だが、それでもその兵士は耐えていた。……昨夜の惨劇の恐怖が、襲われた住民の無念が痛みを麻痺させているのだろうか。


「確かなのか!? 東ユーラシア政府軍はこの冬一杯動けないはず……」


「じゃあ昨日のアレは何だっていうんだ! 個人所有のモビルアーマーがわざわざこんな僻地の村を襲いに来たとでも言うつもりか!?」


血相代えて飛んできたユウナも、決死の思いでここまで走ってきた兵士の言に押される。


「個人所有の機体ならローゼンクロイツが把握してるはずだが……」


「しかし、そんな足が付きそうなものでここまでの事をするか?」


他のリヴァイヴのメンバーが話し合う。そんな様子に、血塗れの兵士はもう一度怒号を上げた。


「……いい加減にしてくれ!アンタ達が油断しきっている間に政府軍だか何だか知らない連中が殲滅戦を仕掛けてきてるんだぞ!何とかするのがアンタ等の仕事じゃ無いのかよ!?」


それは癪に触る罵声ではあったが、筋の通っている事だった。ナスル村を含め、周辺の農村はリヴァイブの支持基盤として確かなものを提供してきている。それに応えるのは紛れもなくリヴァイヴの役目なのだ。


「それは、その通りだ……」


ユウナとて、それは認めなければならない。


(――ナスル村は、戦略拠点としては何ら意味の無い場所にある。唯一、特徴といえば我々リヴァイブの支持基盤、というだけの事だ。何故……?)


ユウナは思考を巡らすが、回答など出ない。どう考えても、リスクとリターンが釣り合っていないのだ。……正規の作戦として考えるのならば。


(個人で、動いているというのか……?)


ユウナはぞっとする。ここまでの事をする“個人の意志”――それは空恐ろしいものである。国家の意思という免罪符が無ければ、人は容易に壊れてしまう。それだけの狂気を戦争というものは孕んでいるのだ。そして、それだけの狂気に只の人間が立ち向かうのなら――その者は既に狂気に魅入られた者だという事だ。


しかし、例え相手が国家であろうと、狂気に魅入られた者であろうと、リヴァイブの執るべき道は一つしかない――“人々を守る”という事だ。


「直ぐにモビルスーツ隊を出す。大尉達を……」


言いかけて、ユウナは気が付いた。大尉達はモビルスーツのメンテナンスの為に街まで移動している。今から呼び戻しても、かなり時間が掛かってしまう。


……そして、事態は急を要するのは明らかだった。


「リーダー、今動ける機体は……」


コニールが悲痛な声を上げる。その先は言わずとも、ユウナには良く理解出来た。


(シン……また君一人に任せる事になってしまうというのか……)


大尉達を街へやったのは、ユウナのミスだ。ここ数年、東ユーラシア政府軍は冬の間に動いた事は無かったし、何より信頼できる筋の情報もあった――それ故の安堵感であり油断だった。平和を謳歌したいという気持ち――それが今、取り返しの利かない事態を招きつつあるとはなんという皮肉だろうか。


リヴァイブの皆の視線が、一人の男に向けられる。


その男は、全く普段通りの佇まいだった――その双眸は燃える様に紅く、何時なりと抜き放つ事の出来る鞘に収められた刃の様な――。リヴァイブの皆の視線を、ユウナの済まなそうな視線を、コニールの不安げな視線を臆面も無く受け止め、その男――シン=アスカは立ち上がった。






「ダストには追加装甲と増加バッテリーをセットした。腰椎部には予備のビームライフルとスモークディスチャージャー、後フラッシュグレネードにバズーカの予備弾倉……要するに今ウチにある装備を載せられるだけ載っけておいた」


サイは忙しく走り回っては居たが、シンが来ると手際良く説明をしてくれた。きちんと武装をパイロットに理解させておく事が、そのまま生存率の向上に繋がる事をサイは熟知していたからだ。


「バズーカの弾頭は?」


「今回は通常の炸薬弾だ。冬場は電磁パルス系武装は効果が弱まる恐れがあるからな。後、携帯用食料等の必需品はパイロットシートの後に置いてある」


「了解。……至れり付くせりだな。感謝する」


そう言うシンに、サイはまだ何か言いたげな顔をする。言わんとする事を察したシンは簡潔に、そして有無を言わせないように先んじて言った。


「俺一人しか動けないんだ、仕方無いだろう」


サイは、喉まで出かかった言葉を引っ込める。既にコニールもセンセイも、おおよそシンを心配する人達が皆言った事だからだ。


――大尉達が来るまで、今は待機していた方が――。


しかし、シンはその言を突っぱねた。


「今、俺は動ける。……なら、助けない理由は無い」


リヴァイヴの皆は知っている。シンという人間が――愛想も悪く、要領も悪く、年齢や立場といったものをあまり考慮しない人間であったとしても――本来は心優しい青年であるという事を。


だからこそ誰も止められない――例え、誰であろうと。サイは、ダストに乗り込んでチェックを開始したシンに詰め寄り言う。


「帰ってこい。……絶対だからな」


「出来る事ならそうするさ」


サイは、ふと思う。今と同じような言葉を、どこかで言った事がある様な……。その記憶に思い至る事は無かったが、不思議な既視感を感じざるを得なかった。






ダストの機動音が、響き渡る。――シンが出撃するのだと、ソラにも解る。 ソラは一人部屋にいた。出撃の様な事態の場合、ソラの様な人間が右往左往しても邪魔にしかならないからだ。ソラにも、コニールから事態の説明を受けていた。それは蚊帳の外に置く事でソラを不安にさせないためでもあったが、……コニール自身、誰かに話さなくては不安に押しつぶされそうだったからでもある。


「シンさん……」


たった一人で未知の敵を相手に戦場へ向かわなければならないというリヴァイブでも前例の無い作戦。


「お願い、無事で居て……」


祈り、願う――それだけがソラに与えられた手段。

ダストの足音が遠のいてゆく――それでもソラは祈り続けていた……。

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