禁忌の存在
出典: 機動戦士ガンダムSEED Revival
澄み切った青空より降り注ぐ陽光は、誰にでも注がれる。陽光を体全身で受け止め元気一杯に遊び回る子供達にも、ゲルハルト=ライヒにも。
綺麗に刈り揃えられ、手入れが行き届いた植物。どこかラクス=クラインを思わせる女神像を中央に据えた噴水。餌付けされ人に懐いている手乗りの鳥達。自然を邪魔しない様に流れるヒーリングミュージック。そのどれもが嫌味に見えない様、さりげなくデザインされている。
その庭園の広場では、子供達が走り回り、遊びに興じている。ラクス=クラインとキラ=ヤマトが引き取った戦災孤児達だ。子供達は自らに降り注ぐ幸運を理解もせず、健やかに遊んでいる。
まさに地上の楽園。そこには争いも貧困も無く、世界が荒んでいる事など忘れそうになる。
(我ながら違和感が有るな)
あまりに場違いな己の存在にライヒは苦笑する。
(誰もが笑い、争いの無い満たされた世界。ラクス=クラインの理想が形になったような場所だな、ここは。……だが、歪だ)
ここは表向きキラとラクスの別邸という事になっている。しかし、実際はこちらが本邸云って差し支えないだろう。これは本邸がピースガーディアン本部を兼ねており、実質政府機関の建物である事からだ。ここはカガリ=ユラ=アスハが“公務の事を考えず、のびのびと過ごせる場所を”と用意させた生活空間なのだ。
その様な『私的な空間』にゲルハルト=ライヒがいる。これは彼を知る人間が聞いたら皆一様に「笑えない冗談だ」と口を揃える事だろう。別邸は公務を持ち込まず、それが原則であるからその存在自体が“公務”である様なライヒが来る事はまず有り得ないのである。
実のところ、ライヒ当人も「恐らく生まれてから死ぬまで足を踏み入れる事は無いだろう」と思っていたのだ。
とはいえ、キラ=ヤマト直々の招待となれば断るわけにもいかない。ライヒは手に持っているブリーフケースの中身をそれとなく気にしながら、木漏れ日が降り注ぐ通路を、キラの私室に向かって歩んでいた。
「お忙しい所をお呼びたてしてすみません。ライヒ長官」
キラ=ヤマトは朗らかに笑うとライヒを出迎えた。その物腰は柔らかく紳士的。そうしているととても“軍神”と呼ばれ、一人で戦局を引っ繰り返す男とは思えない。しかしこの男はまぎれもなくラクス=クライン、カガリ=ユラ=アスハに次ぐ世界第三の地位にいる者なのだ。
「いえ、キラ様の御呼び出しでしたらいつでも。……ところで奥方様はご不在で?」
一方のライヒも、礼節をもって答えた。公の場で無ければラクス=クラインの事を“奥方”と呼ぶ位の事はする。
「ええ、今日はザラ婦人とカガリの三人でお茶会だそうです。……そういう席に、男は無粋なだけですよ」
苦笑しながら答えるキラ。これにはライヒも苦笑する。自らも経験の有る事だからだ。
「夫の愚痴は、そう言う所でしか申せませんからな。なに、円満の秘訣ですよ」
「だと良いのですけど。……今日はそんな訳で、お茶も僕が入れる事になりますね。不手際、ご容赦下さい」
そう言って、キラはお茶の支度をする。
ライヒは、静かに返した。
「我らが“軍神”に淹れさせておいて批評など出来ようも有りませんよ」
キラの入れたお茶――特に変哲の無いハーブティを嗜みつつ、ライヒはキラに頼まれていた資料をブリーフケースから出すとテーブルの上に出す。
「……何時から、ご存じで?」
含みを持たせて、ライヒは問う。
テーブルの上の資料は“キラ=ヤマトに関する戦闘時における脳波測定分析結果”というタイトル――言ってみればキラ=ヤマトに無断で彼の全てを調べた結果、という事だ。
「貴方なら、僕の事を調べる……そう思っただけです」
相変わらず朗らかにキラは答えた。
そんなキラに、ライヒは胸中に冷や汗をにじませる。
「流石は、スーパーコーディネイター……という事ですか」
それには答えず、分厚い資料を流すように捲っていく。ほんの五分も立たずに、資料はテーブルに置かれる――理解は完了した、という事だ。
「貴方の見解を聞かせて貰えますか、ライヒ長官。……ああ、今日は貴方の見解『だけ』で結構です」
ライヒは久しぶりに背筋が凍る思いをした。誰にも知られていない、特にキラには決して知られないよう密かに進めているはずの計画まで把握している、と暗に指摘していたのだ。
「その前に……何故今回は奥様が同席されていらっしゃらないのですか?」
動揺を顔に出さない様に問う。
「僕がまず知るべきだと思ったので」
そこには強い意志が込められていた。
今までライヒはキラ=ヤマトという人間にはそれなりの評価しか下していなかった『ラクス=クラインに絶対的な忠誠を捧げた騎士』。つまり『最強の兵士』ではあるが『判断は全てラクス任せ』である、と。
(私に気取られる事無くあの計画まで辿り着くとは……ただの傀儡では無いと云う事か。流石は人類の最高傑作だな)
こうして一対一で対峙してみて初めて解る。キラ=ヤマトという人間の特異性を。
(勘が鋭い、というよりも同時に複数の物事を尋常でない速度で並列処理する事であらゆる事態に対応しているというのか。……信じられない力技だな)
ライヒの内心を見透かしたかは解らないが、キラはクスリと笑う。
「僕は、自分を知りません。だから知っておかなければならないと思うのは、傲慢では無いと思うんです」
やはりこの男は“化け物”だ、とライヒは畏怖する。考え方は青いが、決して油断の出来ぬ“化け物”だと。
しかも性質の悪い事にまだ成長しているのだ。
だがライヒはあくまで平静を装い、先程のキラの質問に答える。
「……その資料を纏めると、キラ様。貴方は――特に戦闘時における貴方様は、“第八世代コンピュータ”に最も近いと申し上げる事が出来ます」
「…………」
“プロジェクト=コーディネイター”。
かつてジョージ=グレンが提唱した新人類創造計画。
それは、宇宙という過酷な環境下に於いて最大限の実力を発揮する事の出来る、生まれながらのスペシャリストを『作成』するという、人類の禁忌に真っ向から立ち向かうものだった。当然、ブルーコスモスの例を挙げるまでも無く反対意見は多岐に及んだ。
だが、様々な思惑はあるもののジョージ=グレンの有用性を認めた人々により“プロジェクト=コーディネイター”は推進される。モデルケースとなる人間を造り出し、そして改良に改良を重ねていった。……そして、その最終結果として生み出されたのがスーパーコーディネイター“キラ=ヤマト”。
既に計画は反対勢力に潰され、関連文書も細心の注意の元に抹消された。もう二度と、スーパーコーディネイターを生み出す事が出来ない様に。
何故、その様な事が行われたのか。国家プロジェクトとして推進されたものが、その国家そのものから危険視され抹消されるまでに至ってしまったのか――それは現在に於いても全くの謎である。
だが、推論をする事は出来る。
……彼等の目指した“コーディネイター”とは何なのか、そしてその中で“スーパーコーディネイター”として別枠で登録されたキラ=ヤマトとは何なのか。
――それは、イコールで結ばれる事である。
「コーディネイターとは、“様々な環境下で最適な行動を行える様に創られている”と定義をするのであれば、一つの結論は出てきます。……それは、“人間でありながら人間の枠を乗り越える”という事です」
「…………」
「例えば、人間には“雑念”は存在します。しかし、コンピュータには“雑念”は存在しません。与えられた状況、環境下に於いて最大の能力を発揮するべく“演算”するのみです。……これを兵士、軍人に置き換えれば“自動的に、最も効果的な手段で戦える兵士”となる訳です」
「…………」
キラは、何も答えない。だが、ライヒには解る――今のライヒの言葉が実感としてキラに感じられているという事が。
「人間の思考をコンピュータに置き換える試みは、モルゲンレーテでも行われています。あれは、疑似人格と云うべきものではありますが……。しかし、こうした技術がここ数年で飛躍的に向上した事は疑うべき事象でもあります」
「……“プロジェクト=コーディネイター”の技術が流出していると云う事ですか?」
「おそらくは」
ライヒがそう締めくくると、キラは黙り込んでしまった。ややあって、ライヒが退席の意を伝えてもキラは何か、考え込んでいる様だった。
お互い挨拶もおざなりに、ライヒは退席した。
木漏れ日の廊下を歩きつつ、ライヒは思う。
(コーディネイターが行き着く先がバイオコンピュータだとしても、“軍神”の異常な強さは……『カテゴリーS』の強さはそれだけではないような気がする。遺伝子情報に、戦闘記録を添付するなど、出来る筈も無い。だが……)
ライヒはふと、上を見上げる。差し込んでくる日差しを、掌で遮りながら。
(人の柔軟性と獣の身体能力に機械の正確さ、それらを併せ持ち進化する生物――ドーベルマン。お前の敵はそういうモノだ。お前が戦わねばならないのは、そんな化け物なのだぞ)
ライヒは子供達の笑顔を横目に見ながら、別邸を後にする。
今日は穏やかな陽気だったが、寒気がしていた。
